薄荷脳の夢

1日1冊読みたい、とある勤め人の読書記録と日々のよしなしごと。ミステリとホラー多めだけどかなり雑食。

好きがぎゅっと詰まったミステリ『千年探偵ロマネスク 大正怪奇事件帖

 ミステリが好きです。
 小説でもコミックでも映画でも、面白いミステリとの出会いは嬉しいものですが、もっと嬉しいのは自分と同じくらいミステリが好きな人に出会えたとき。『千年探偵ロマネスク 大正怪奇事件帖』(囲恭之介)は、そんな同好の士に出会えたかのような1冊でした。

 時は大正8年。財閥総帥の庶子である秦野孝四郎はある日、病床の父に呼び出されます。父、秦野零明は彼に、孤島で開催されるオークションに出席し、人魚のミイラを競り落とすよう命じました。
 余命幾許もない父は、食せば不老不死になる人魚のミイラで延命を図ろうとしているに違いない。母や自分を捨てた父を憎んでいた孝四郎は、人魚のミイラを手に入れた上で破棄することによって復讐しようとします。そのため、彼は人魚のミイラの真贋を見極められるという白比丘尼のもとを訪れます。

 この白比丘尼、なんと人魚の肉を食べて千年の時を生き、培った知識でもって事件を解決する千年探偵なのです。あ、言わずもがなですが、美少女です。海老茶袴がお気に入りだったり、湯呑みで三ツ矢サイダーを飲んだり、けっこう可愛いところのあるひとです。


 彼女は新聞広告に隠されたオークション会場の謎を解き、ふたりは会場である大灯台島に向かいますが、この島がまた人魚や集団失踪といったいわくに溢れているのです。また他のオークション参加者も孝四郎の腹違いの兄、伯爵夫人と書生、医者、画家、成金の相場師など、ひと癖ありそうな人物ばかり。

 島で彼らを迎えるのも、没落男爵に双子の女給、眼帯の料理人などこれまた裏がありそうな人々。男爵に先代の謎の遺言の解読を依頼されたり、人魚のミイラを落札出来なかったりでオークション初日が終わると、翌朝、男爵と双子の妹の方が死体で見つかります。
 そして、孝四郎は死亡推定時刻にアリバイがなく、夢遊病(医者は多重人格を疑っている)を患っていて事件当夜も出歩いていたのを目撃されたことから、犯人とされ納屋に閉じこめられてしまいます。

 ざっと半分くらいまであらすじを紹介しましたが、ここまででも孤島、人魚、双子、集団失踪、遺言の謎、多重人格などなど心躍るミステリ的アイテムが多数登場します。最後まで読むと分かりますが、これらのアイテムはただ登場するだけでなく、かなり上手く物語内で使われています。

 その後、3人目が殺され、納屋の鍵が外されていたことから孝四郎と白比丘尼は共犯として暴徒化した医者たちに追われます。その過程で地下通路を発見し、男爵の本当の殺人現場を見つけるのですが、このくだり、横溝正史八つ墓村っぽいなぁ、と読んでいて思ったのです。

 よく考えてみると、白比丘尼が推理を披露する時のセリフ「知識の糸を紡ぐ」というのは、『緋色の研究』におけるシャーロック・ホームズの緋色の糸に関するセリフを思わせますし、心神喪失状態の人物に罪を着せるところはアガサ・クリスティの『ABC殺人事件』のような。そう言えば孤島の双子と言えば悪霊島っぽいですね。

 古き良きミステリの道具立てがあったり、なんとなく名作を思わせるシーンがあったり、そういった遊び心が感じられて、まるでミステリ好きの友人とおしゃべりしているような感覚で楽しく読める1冊でした。